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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第3節 キューピッドの矢の行方 [10]




 やや冷たくもあるが、聡のような侮蔑などは含んでいない。そんな瑠駆真の声に反応するかのように、もっとポケットの奥まで捻じ込む。ノロノロと立ち上がり、スカートの土を払った。そうして、再び相手を見上げた。
 無表情だった。
 大丈夫か、とか、危なかったね、などといった気遣いは皆無。だが逆に、さきほどの少女たちや義兄の聡が向けるような、嘲るような表情でもない。
「あ、あの」
 戸惑う緩と視線が合い、瑠駆真は無言で背を向けた。そうして立ち去ろうとするその背中に、思い切って声をかける。
「あの」
 立ち止まる背に勇気を振り絞る。
「あの、私に用事があったのではないのですか?」
「あれは方便だ」
 お前に用などあるものか。
「じゃあ、助けてくれたんですね」
 振り返る瑠駆真は無表情のまま。でもどことなく呆れた感情を含めながら、小さく唇を動かす。
「前にも言ったが、僕は君を助けたつもりはない」
 そう、瑠駆真は別に、緩を助けようとしたワケではない。ただ、耐えられなかったのだ。
 何の非もない存在が、不条理に(しいた)げられている。
 何も悪い事などしていない、ただ少し内気で人付き合いが下手だというだけで、同級生から劣等な扱いを受けてきた瑠駆真。そんな過去を思い出させるような言動が、彼には耐えられなかった。
「助けたワケではない」
「で、でも、助かりました」
 緩は言うなり身を正す。助けられたという事実に変わりはない。
 なぜだろう。素直に認める事ができる。いつもなら何かしてもらっても、自尊心が邪魔をして素直に礼など言う事のできない緩が、小さくだが頭を下げる。
「ありがとうございました」
 そんな緩の耳に、土を踏む音。近づく足音はすぐ目の前で止まり、突然肩に力が加わる。見上げるすぐ目の前で、瞳が星のような光を湛えて黒々と艶やぐ。
「助けた覚えはないと言っているだろう」
 憮然とした口調で瑠駆真は告げ、手に少しだけ力を込め、押すようにして緩の肩を離した。
 一歩ヨロける緩。
「君が美鶴を謹慎に追いやった事に間違いはない。すでに済んだ事をあれこれ責めるつもりはないが、かと言って君を助ける義理は、僕にはないんだ」
 わかっているのか? と言いたげな視線にも、緩は黙って見上げるのみ。そんな相手に瑠駆真はかつての自分を彷彿させられるような気がして、不愉快になった。
「だから、礼を言われる筋合いもないんだよ」
 見ていたくない。
 まるで過去の自分から目を背けるように、瑠駆真はすばやく背を向けた。そうしてそれ以上は何も言わずに去っていった。
 緩が、足元をフラつかせながら背中を校舎の壁に預けたのは、瑠駆真の姿がすっかり見えなくなってしまってから。まるで身体全体がフワフワと宙に浮いているような感覚で、立っていながら立っている自覚がない。
 綺麗だった。
 見上げる自分の瞳を覗き込むかのような、まるで漆黒の夜闇にチラチラと瞬く星を(たずさ)えたかのような円らな瞳。
 どうして今まで気付かなかったんだろう?
 大迫美鶴を引き離すために、緩は周囲をウロついた。瑠駆真の顔を見るのはこれが初めてではない。
 あんなにも綺麗だったなんて、どうして今まで気付かなかったんだろう? 確かに、廿楽先輩や他の生徒たちが夢中になるのも、わかる気がする。
 ただ、どんなに誰もが追いかけても、あの廿楽ですら瑠駆真を射止める事はできなかった。
 そうよ、廿楽先輩ですら無理だった。そんな人に、私は二度も助けられた。
【お前を助けた覚えはない】
 テレビ画面から投げかけられた言葉。少し照れながら視線を逸らせるヴァーチャルな表情。つい直前に見せられた顔と重なる。

「助けたワケではない」

 でも、助けてもらったのは事実だ。

「君を助ける義理は、僕にはないんだ」

 でも、間違いなく山脇先輩は私を助けてくれたわ。
 ゲームの中の男性は、口を尖らせながらも女性を助け、甘い想いをチラつかせる。
 助けたつもりはないと言いながらも、自分を二度も助けてくれた流麗な年上の少年。校内の女子生徒が我こそはと追いかける憧れの異性。
 男の子って、本音はなかなか口にできないものなのよ。ゲームに出てくる彼らだって、好きや愛してるの言葉を躊躇いもなく言ってくる人より、少し迷ったり照れたりしてつい本音を隠そうとしてしまう人の方が、なんとなく男っぽいって思えるもの。
 それに男の人は将来を考えて自分の立場を優先してしまったりする人も多いし。王子様や身分のある人とかだと、立場を気にして言葉に慎重になってしまう人もいるもの。
 そうだ、山脇先輩はただの素敵なだけの先輩ではない。何を隠そう、中東の王族なのだ。
 王族。
 遥か遠く、見たこともない異世界から来た、見目も麗しい艶やかな男性。
 王子様。
 ギュッと口元で両手を握り締める緩の耳に、障りの良い声が婀娜(あだ)っぽく響く。
【お前はどうしてだか放っておけないんだ。気になって仕方ないんだよ】
 目の前に、大きくて頼もしい掌が広がる。優しく、だが少し照れたように微笑む顔が、瑠駆真のそれに少しずつスリ替わっていく。
 唇が艶を帯びて美しく動く。今にも溶けてしまいそうな嫋娜(じょうだ)な囁き。
【僕は君が好きだ。君のような心優しい真直ぐな人が、僕は好きだ】
 腰が砕けるような感覚。膝が震えるのは恐怖からではない。
 信じられない。信じられない、けど、彼は本物の、正真正銘の王子様。
 嘘みたい。夢みたい。本当に信じられない。
 緩はストンッと腰を落とした。
 でもこれは嘘じゃない。夢でも幻でもドッキリでもない。
 本当に、本当に王子様が現れたんだっ!







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